漁場見分(2007年6月15日)
低水温
ここ南部ポルトガル・アルガルベの漁場ではしばしば低水温に見舞われ、著しい漁獲量の減少、網・側張り等の「汚れ」の増進を招くことがあります。
この状況はまれに広い海域で見られることもありますが、経験上、特に海岸線近くのみに多くある現象のようです。
ここの定置網は沖合約4km、水深おおよそ30mのところに設置されていますが、それより沖合の水温を含む海況データはほとんど皆無で、
先に「経験上」と述べたのは、周辺海域で漁を行っている他の漁師からの情報や、漁獲されている魚種からの判断によるもの、という意味です。
今年(2007年)は1月、2月と平年並みに水温が推移した後、通常ですと水温が上昇に転ずる3月から低水温の状況が顕著なものとなって現れ始めました。
(表1)
℃ |
過去11年間の平均水温 |
2007年 |
3月 |
15.64 |
14.38 |
4月 |
16.31 |
15.22 |
5月 |
17.06 |
15.88 |
6月に入りその傾向は増々強まり、6月15日現在の平均水温は16.29℃で過去11年間の平均水温(19.10℃)に比べ3℃近くも低い、“超低温”の
状況となっています。
考察
現在、日本の気象庁からも「ラニーニャ現象が発生しているとみられる」という監視速報が出ていますが、世界的な気候区分から見ても「大陸の西岸」の
気候は似た様な自然条件になっていることから、世界的な天候とラニーニャ現象発生のメカニズムとの因果関係は分かりませんが、ここでもラニーニャ現象と
同じような現象が起きているのではないかと推測します。(参考:気象庁 | エルニーニョ/ラニーニャ現象とは)
この場合、アルガルベでは大西洋上にできた低気圧がビスケー湾からイギリスに向けて移動・通過する際、その低気圧の西側で時に強い北西の風が吹き、
この風により沿岸湧昇という現象が発生し、結果、海岸線が低水温となると考えられます。
北西の風により海水は移動しますが、コリオリ力の影響で海水は風向きに対して右に90°の方向(南西)へ流れます(エクマン輸送)。アルガルベの場合、
南西は大西洋の深部の方角で、流れていった表層の暖かい海水の代わりに、底からの冷たい海水がせり上がってくる(湧昇)、という仕組みです。
この際、湧き昇ってくる海水は海流となり、時に定置網付近では急潮となって現れるため、非常に厄介な現象とも言えます。
低水温と急潮をもたらす沿岸湧昇は、定置網にとって何一つよいことがないかと言うとそうでもありません。それどころか、もっと広義でアルガルベの気候を
司っていると言っても過言ではありません。これにより定置網にとって最大の敵である台風(ハリケーン)の発生を抑え、年中温暖な気候を実現させています。
また、栄養塩豊富な深層海水が湧昇してくるので、その海域はプランクトンから魚類への食物連鎖が進み、結果、よい漁場形成することになります。
アルガルベの気候に必要不可欠な沿岸湧昇ですが、ラニーニャ現象同様、常に発生している現象ではありません。また、発生毎にその強さは異なります。
すべてはその年、その時の天候次第ということになります。今年を「大西洋版ラニーニャ現象」とするならば、2005年、2006年は「大西洋版エルニーニョ現象」
が発生していたと考えられます。
特に6月−10月の高水温は顕著で、それまでの9年間の平均水温と比べても明らかに水温の違いが現れています。
(表2)
℃ |
過去9年間の平均水温 |
2005年 |
2006年 |
6月 |
18.83 |
20.37 |
20.32 |
7月 |
19.26 |
21.22 |
20.90 |
8月 |
20.42 |
22.06 |
22.15 |
9月 |
19.79 |
20.06 |
21.16 |
10月 |
18.85 |
20.81 |
19.39 |
アルガルベには前述の北西風の他にも、地域の特性と考えられるアフリカ(南東)からの“レバンテ”と呼ばれる風が吹きます。
この風は南から湿った空気を送り込み、沖にはモヤがかかります。気温は上昇、沖から暖かい海水が入り込み、西への潮が流れます。
この海水は時に底まで見えそうな透明度で、定置網に付着している汚損生物を死滅に至らせます。
春や秋の季節の変わり目によく吹く風で、時に海は時化となりますが、時化後の漁にはいつも期待がもてます。
このように、アルガルベの定置網漁場は、これら2種類の風によって成り立ち、このサイクルの長短はあるにせよ繰り返し訪れ、
次のような海況の変動を創り出しています。
北西風〜沿岸湧昇〜水温低下〜プランクトン(汚損生物)増殖〜漁場形成〜(完成する前に)〜南東風〜沖の海水の接岸〜水温上昇〜汚損生物の死滅
〜回遊魚の入網〜北西風〜・・・・・・・・・。
大型の回遊魚を主漁獲対象魚種としている定置網にとっては、やはり気温・水温ともに高い方がよいことは明らかです。沖から暖かい海水がどんどん
入ってきて、回遊魚たちを連れてきます。汚損生物は死滅し、網・側張りとも汚れません。好漁が続き、網交換や側張りの清掃作業が減り、
定置網の管理が簡単になります。しかし、時化は覚悟しなければなりません。乾燥した気候も変化し、ジメジメするかもしれませんが、緑が増えるでしょう。
観光客が今より増えるかもしれません。エアコンももっと売れるようになるかもしれません。
しかし、今世界中で話題となっている「地球温暖化の問題」は、どうやらその逆を行きそうです。
何れにせよ、この件についてはもう少し考えてみます。